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【タックル法律講話】石巻市・大川小学校の津波裁判で学校側に賠償命令! 「過失」の裁判は、どちらに転んでも不思議ではない裁判です。

2016/12/17

石巻市・大川小学校の津波裁判で学校側に賠償命令!
「過失」の裁判は、どちらに転んでも不思議ではない裁判です。


8メートルの津波を予見できたか?

東日本大震災の津波で児童・教職員ら計84人が犠牲になった宮城県石巻市立大川小学校の児童の遺族らが、市と県に計23億円の損害賠償を求めた裁判で、仙台地裁は学校側の責任を認め、約14億2600万円の支払いを命じました。大川小学校では、地震の際、児童を約45分間校庭に待機させた上、避難場所を学校の裏山ではなく、川沿いの三角地帯として引率したため、児童・教職員らが巨大津波にのみ込まれてしまいました。
判決は、「市の広報車が巨大津波の襲来を告げて避難を呼び掛けていたのだから、教職員は大規模津波の襲来を予見できたはずだ」とし、「津波を回避できる学校の裏山に避難させるべき」であり、学校側には過失があったと結論づけました。
このような「過失」の裁判は、後から結果を見て「その時にどうすべきだったのか?」を判定するものであり、非常に難しい裁判であり、どちらの結論もあり得ます。
今回の裁判では、「なぜ裏山に避難させなかったのか?」という点について、学校側は「地震で裏山がガケ崩れを起こしている可能性もあり、危険だ」と判断し、海抜5メートルの三角地帯であれば安全だと思ってそちらに誘導しています。果たして、この判断を責められるのか?「5メートルを超す津波(実際は8メートル)を予見せよ」というのも、現実的になかなか難しかったのではないでしょうか?
既に、市と県は、地裁の判決を不服として控訴しています。争点は、「8メートルの津波を予見できたかどうか」であり、高裁でどう判断されるか注目されます。


大人の「判断力」が問われます

こうした大規模の自然災害では日頃の訓練の大切さを痛感させられます。本来なら、こうした事態の場合は、「自分の身は自分で守る」のが原則でしょうが、大人ならいざ知らず、小学生の身を守るのは、保護者であり、学校では教職員なのですから、やはり、大人たちが重大な役割を担っているという意識を日頃から持っておかなくてはなりません。
市・県としても、賠償金には税金が使われるわけですから、あっさりと過失を認めるわけにもいかず、控訴するのも致し方ありません。
また、裁判官としても、被告が自治体で賠償金は税金から出るので、責任を認めやすいとも言えます。もし、被告が民間会社や一般人などであれば、多額の賠償金となると、支払い能力もなく、倒産しかねませんので、悩ましい判断になるでしょうね。以前、認知症の老人が徘徊して線路に入り込み電車にはねられて死亡した事故で、運行ストップなどの損害を受けたJR東海が老人の家族らに損害賠償を請求した裁判で、最高裁は「家族らに賠償責任はない」との判決を下し、JR東海は逆転敗訴してしまいました。根底には、「JRという大企業vs一般人」という価値判断もあったと思います。
いずれにせよ、この裁判の意義は、こうした痛ましい事故を防ぐために当時の状況をしっかりと検証することでしょう。それが、災害大国・日本において、大人たちの有事の「判断力」を身に付けることにもつながります。それでは、次号で!