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「熱血弁護士 堀内恭彦の一筆両断」産経ニュースコラム6月8日(木)掲載されました

2017/06/08

6月8日(木)、産経ニュースにコラム「熱血弁護士 堀内恭彦の一筆両断」

「裁判員制度 失敗を直視せよ」が掲載されました。

ご一読いただけると幸甚です。

「裁判員制度 失敗を直視せよ」

「開かれた司法を!市民感覚の裁判を!」の大合唱のもと、平成21年に鳴り物入りでスタートした裁判員制度。しかし、広く国民が参加して司法に関わるという理念に反して、年々、裁判所から呼び出しを受けた裁判員候補者が、選任手続を辞退したり、欠席したりするケースが増え続けている。平成28年の出席者は約6割にとどまり、過去最低となった。選任手続よりも前の段階で、仕事や高齢を理由に辞退する割合も増加している。

最高裁は、辞退や欠席の増加の要因として、(1)審理予定日数の増加、(2)人手不足や非正規雇用の増加など雇用情勢の変化、(3)高齢化、(4)国民の関心低下、などを挙げている。しかし、最大の問題は、裁判員制度自体が国民の支持を得られておらず、既に見放されているということだろう。

最高裁は、このまま辞退や欠席が増え続ければ制度が維持できなくなるとの危機感から「出席率向上策を検討する」と言うが、特効薬があるはずもなく、歯止めがかからない。裁判員法は、呼出しを受けた裁判員候補者が正当な理由なく出頭しないときは裁判所の決定で「10万円以下の過料」に処することができると定めているが、今までにこの過料の決定がなされた例はない。もし、このような過料の制裁を科せば、ただでさえ不人気の裁判員制度に対する国民の不満が一気に高まってしまうからであろう。「出頭は国民の義務」と言いながら、実際は形骸化している。

かように、裁判員制度は、当初予定されていた「国民が参加して司法に関わる」という理念には程遠い現状である。あまりの不人気に、一部の関係者からは、「もっと日当を上げればいい」などの声もあるが、それこそ本末転倒である。もはや、誰のための、何のための裁判員制度なのか、なぜ続けなくてはならないのか、制度の根幹が崩壊していると言わざるを得ない。

もともと、裁判員制度は、被告人の迅速な裁判を受ける権利や手続保障をないがしろにし、国民に義務を課し負担を強いるなど、憲法違反の疑いが強い制度である。最高裁は「裁判員を経験した人の9割は制度に好意的であり、国民の高い意識に支えられて安定的に運営されている」などと言っているが、実態とはかけ離れている。そもそも刑事裁判は「真実発見と適正手続」を目的とする制度であって、参加した一般市民の「思い出作り」のためにあるのではない。

また、裁判員が出した判決が上級審で裁判官だけによる判断で破棄される割合も増加している。わざわざ裁判員となって審理し悩みながら出した判決が上級審でひっくり返されるのであれば、馬鹿らしくて参加する気にもならないであろう。さらに、死体の写真を見せられる心理的負担や暴力団事件における裁判員への脅迫など、制度に内包された危険性も露呈している。

このように、スタートから10年も経っていないにもかかわらず、既に、裁判員制度がその理念とかけ離れ、機能してないことは明らかである。しかし、裁判員制度を推進してきた人々はその失敗を認めようとはしない。

果たして、国民は裁判員制度を続けたいのであろうか?多大な労力と税金をつぎ込み、国民に負担を強いてまで裁判員制度を続ける意義があるのか?国民からの支持を得られてないという現実を直視し、刑事裁判の原点に立ち返れば、今こそ、制度の廃止を真剣に検討すべき時である。

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